2016年2月28日。
プラレールを5000本繋いで、篠山線の模型を走らせよう!というイベント「篠山線お別れ列車復活プロジェクト」が開催され、1kmもの道のりを篠山線の模型が無事往復しました。

プラレールの募集期間はわずか2ヶ月。
しかも予算は一切なし!!
一体そんな短期間かつ予算ゼロでどうやってプラレールを集められたのでしょうか!?

 

DSC_4357

篠山線がゴールするや否や報道陣から取材を受けまくってしたり顔をしているこの方こそ
今回のイベントの主催者”あの松本さん”こと「松本剛」さんなのです。

DSC_4357_2

時は、遡ること約2ヶ月前…

DSC_4357_2「はじめまして。松本といいます。
実はあるイベントを手伝ってもらいたくて。
このイベントというのが、〜〜…」

DSC_4358_2「(えー、5000本って無理なのでは…)
面白そうですね、やりましょう」

無理そうだとしても面白そうならついつい「YES」と言ってしまうクセが災い幸いして、このイベントのお手伝いをすることになったのです。

そして各新聞社さんに取り上げてもらったり声かけをしたりしながらプラレールを集めていたのですが、
それから2週間ほど経ち…

DSC_4358_2「100本ぐらい集まりましたね。
ん〜、しかし集まりが悪いですね。
この調子だと半分の2500本も難しいかも…」

DSC_4357_2「本多くん。
僕はね、5000本行けると思う!」

DSC_4358_2「(その自信、どこから湧いてくるんですか…!)
そういえばうちのTwitterでの発信がまだだったので、発信してみますね。
そんなに影響力はないと思いますが、一応。」

そう言ってTwitterアカウントで呟いた瞬間に、あるアカウントの方にフォローされ
まもなくそのアカウント本人から電話がかかってきたのです。

その方こそ、今回のイベントにおいてプラレール2000本を提供していただいた上に
ボランティアスタッフとしてもノウハウを教授していただいた「一畳プラレール」関係のみなさんでした。

DSC_4357_2「一畳プラレールの方が、プラレール2000本提供してくれるって」

DSC_4358_2「…えっ!?」

なんだなんだ、この人には何か宿ってるのか?
いきなり2000本提供ってどういうことだ。

しかし、まだこの時点での”あの松本さん”の実力は氷山の一角しか見えていなかったのです。

 

それからまた日が経ち…

DSC_4358_2プルルルル… プルルルル… ガチャ
「はい、お電話ありがとうございます。
プラレールの提供ですね!ありがとうございます^^」

DSC_4358_2(なんか今日はやけにプラレール提供の電話がかかってくるな…)

いなかの窓 西本「神戸新聞さんに取材してもらった記事がスマートニュースで取り上げられてたで」

DSC_4358_2「…えっ!?」

スマートニュース…
Gunosyと双璧をなすニュースアプリ。
そのアプリ内で今回のプラレール募集の記事が紹介されていたのです!

そこからまた一気にプラレールが集まりだし…

DSC_4358_2「お電話ありがとうございます。
(またプラレールかな…?)
えっ…?関西テレビ…?」

てな感じでテレビ取材やラジオ取材の依頼も多数来まして…

 

IMG_2323
いなかの窓事務所がこんな感じになってしまったわけです。
プラレールの中には、新品で大量に購入したものをわざわざ送ってくださった方も…!

さらに

DSC_4357_2「知り合いが大量のプラレールを提供してくれるらしいので
これで5000本達成しました!ありがとう!」

なんかあっさり達成しちゃった!?

この短期間の間に、松本さんは一体どんな動きをしていたのだろう…
想像もつきません。

 

そんなこんなでてんやわんやしているうちにイベント開催まで1週間を切り、
いよいよ本番が差し迫って来てスタッフ一同も神妙な面持ちになっている中…

DSC_4358_2「すみません、風邪を引いてしまい打ち合わせに出られません」

DSC_4357_2「えっ」

DSC_4138
ということで、松本さんと(わるだくみ黒幕でおなじみの)藤井さん(と、カメラマン箕浦)がテレビ密着取材の中打ち合わせを。

そして、本番当日を迎えるのでした。

つづく