※この記事の内容は「妄想」です。 観光情報として活用するのはおやめください。 観光情報として間違え、クレームをつけるのはおやめください。     丹波市観光協会のサイトをめぐりました。 すると「せつぶん草めぐり」というイベントがあります。     せつぶんと言えば、「鬼は外・・・」という節分が思い浮かびます。 なるほど、節分草ということでしょう、きっと。   昔は大豆は高級品でした。 ですから、この季節に鬼を退治するために投げるための 大豆は年貢に取られてしまったいたんですね。   とくに丹波といえば豆どころです。 ときの殿様は、稲で年貢を納めさせるよりも、 希少価値の高い大豆で年貢を納めさせていたんです。   今は、多くの犠牲を経て、ほんとうに平和になりましたが ご存知のとおり、昔は節分には、鬼に襲撃されていたものです。     この地域の大豆はすべて殿様に召し上げられてしまいますから 鬼からの襲撃に備えるための大豆が残っていないのです。   この町では、多くの犠牲が払われてきました。 節分草の伝説が生まれたのもそんな頃の話。   毎年2月3日ぴったり間違えることなく。 鬼はいろんな家を襲撃していきました。   毎年のことでありましたが、 この地域の大豆は召し上げられてしまっていて、 蓄えの乏しいものは大豆を買うお金がありませんでした。 そして、毎年悲しい犠牲がたくさん生まれていました。   男は、娘を抱きかかえて震えていました。   蓄えもなく、大豆を手に入れることも出来ませんでした。 犠牲になるかもしれない娘とともに、震えていました。   「うちら、死んでまうん??」   問いかける娘に、男はただ強く抱き締め、震えていました。   「死なせるものか・・!」   風がビュッと吹き、雪も強くなってきたようでした。 そのとき戸棚が「ガタガタ!!」となりました。 強い力でこじ開けられたとき、鬼はそこに立っていました。   「悪い子はいねえが!!」   どうやら、違う地方の風習と間違えたらしく 「悪かったのは俺じゃ」と言って帰りました。     そんなわけで、そのあとに「この後やりづらいわ」と言って ばつの悪そうな顔をして入ってきた鬼に、襲われることになり 為す術も無く娘を奪い去られ、傷だらけで倒れ込んだとき その手に掴んだものは、ひとつの雑草でした。   娘は泣きわめき、鬼は嬉しそうな顔で男を見つめていました。 憎い、あの鬼も、最初に間違えて入ってきたやつも憎い。   しかし、男は弱かったのです。 奪い返すことはできないほど、弱かったのです。   悔しさで掴んだ雑草を、子どものように泣きながら 「お前たちがいなければ。。お前たちが!!」 そうして、まるめて投げた草のカタマリが 鬼に向かって飛んでいったとき、鬼は青ざめて 娘を抱えた手を離し、おおいそぎで逃げていきました。   男は娘に駆け寄り、抱きしめて、泣きました。 男は弱かったけれど、惨めにも雑草を投げつけました。 足掻いたのでした。娘はそうして助かったのです。   それからというもの、節分草の草を丸めて、 それを豆の代わりに投げる風習が生まれたことから せつぶん草めぐりが始まりましたとは、一切言われていません。   なぜなら妄想だからです。   あとせっぷん草めぐりとかだったら、ちょっと人気が 出たかも知れないのになと思ったくらいです。   そうそう、本編とはぜんぜん関係ありませんが、 丹波市観光協会でせつぶん草めぐりの記事がありました。 ご興味のある方は是非ともご覧下さい。      
あ~今日はいい天気やな~。チャリンコ乗ったりしたら気持ちええやろな~。あ~、でも買うお金ないしな~。誰かチャリンコくれへんかな~。 とかいってたら、もらえた。世の中意外と買って乗らない人も多いのである。お金がないからといって諦めるのは愚の骨頂なのだ。乗りたいという意思が必要なのだ。お金もなけりゃ気持ちもないということになる。ないない人間にはなってはいけない。 どっかツーリングいきたいな~。でも自分で企画するのめんどくせ~な~。あ~、誰か企画してくれへんかな~。 とかいってたら、今度日曜日に丹波チャリ部で多可町まで走りにいくけどけーへん?とお誘いいただいたので、行ってきた。企画できる人に企画を任せることで自分が考えうる以上のパフォーマンスが発揮できるのだ。企画もできないくせに他の誰かに企画もしてもらえない人になるともはやそれはないない人間になっている証拠なのだ。 説明しておこう。丹波チャリ部とは以下原文ママ。 ● 活動目的 丹波をチャリンコで賑わし、チャリンコで丹波の産業を応援する。 丹波でチャリンコを活用した産業を興す。 「チャリンコのまち丹波」をつくっていく。 ● 活動方針 自転車を合言葉とした人のつながりづくりをする。 楽しく自転車で走ることのできる、豊かな自然環境に代表される地域資源のPR活動をする。 丹波近郊の産業の発展を目的としたサイクルイベントの企画と運営をする。 自転車の持つ魅力発信を目的としたイベントの企画と運営をする。 自転車を活用した産業を創出する。 自転車運転の法令厳罰化に伴う交通ルールの周知活動を担う。 行政に対する自転車活用に適した都市設計・健康づくり活動の提案をする。 ● 活動原則 部員自らが楽しむ、楽しめる企画を立案実施する。 イベントは参加者が20人程度の小さな活動を主体にする。 チャリ部部員は、活動内容をネットで広め、常に賑わし、「チャリンコのまち丹波」を印象付ける。 丹波発、丹波着のサイクリングルートを数多く作り、多くの人に実走してもらう。 色々なタイプの自転車で参加可能なイベントを作っていく。 安全な乗り方を普及させるために、部員はその手本となるような乗り方を実践する。 自転車に乗れない人を1人でも乗れるように協力する。 車と共存する。 常時走ってもらうルートの発掘と普及に努める。 この活動に協賛頂ける店舗、企業、団体などを多く募り、街の商工業の発展に貢献する。 スポーツサイクル乗りを見かけたら、笑顔で挨拶する。 丹波チャリ部ホームページ http://tamba-cycling-club.jimdo.com/ という訳で、午前中は家の用事でせっせと薪割りを3時間程勤しんで、くったくたになって家に帰って1時間ばかし爆睡し、集合場所になっていた氷上町にある、卵かけご飯で有名なかどのの郷へ。せっかくチャリ部でチャリに乗るんだからという理由だけで家から現地までチャリでいくことにした。片道約16km。 チャリに乗ること自体がもはや何年ぶりなのかわからない。高校くらいまでの話なのでざっと10年以上ぶりだろうか。ロードバイクというのはいかんせん前のめりな姿勢で、ただでさえ午前中の薪割りでもはや腕がプルプルしてるところに追い打ちをかけるような感じでチャリをこぐ。集合場所についたらもう帰ろうかなと頭をよぎりまくる。 15時集合。ついたらもうヘトヘト。汗だく。ここから本来であれば集合写真を撮ってみたり、途中の風景なんかも撮影してって思っていたが、しんどすぎてもはや何も撮っていない。撮るという概念自体がもはや頭によぎることすらなかった。無念。 せめて途中のルートだけは記しておこう。 氷上町のかどのの郷を出発し、某有名プロゴルファーがお忍びで通いたおしていると噂のサイプレスゴルフクラブを通り過ぎ、きつめの登り坂を登りきってトンネルを抜けたらそこはお隣の多可町。多可町に入ってすぐ、ラベンダーが咲きまくっていると噂に聞いていたラベンダーパーク多可を通り過ぎ、ひたすら国道を南下し、borageというカフェで休憩。パフェ食った。うまかった。写真撮ってない。しんどかってんごめんなさい。 見た目オシャレ。中もオシャレ。パフェめっちゃうまかった。でも、写真はないのだ。ないのだよ。ここからは丹波市山南町小野尻の方から和田の薬草薬樹公園の方へ抜けて帰路へ。家から約50kmの旅でございました。まあまあしんどいね、50km。何よりケツが痛い。ケツノーガードだったので、次は鉄壁のケツガードをして臨もうと心から誓いましたとさ。 というわけで、丹波市内でチャリ乗っててでも友達おらんからあんま乗らへんねん!というお方や、京阪神にお住まいで手ごろで気持ちええコース探してるねんというお方。丹波チャリ部では定期的に手ごろなコースから200kmくらいドMなコースまで多種多様に活動をされておりますので、ご興味ある方は是非一度問い合わせてみてください。 暑苦しくも超丁寧な部長が親身に対応してくれますよ。 お問い合わせはこちらから ~編集後記~ 久しぶりにチャリに乗って。 これまでほぼ車でずっと走ってきた訳ですが、前々から思ってたんですよ。平坦な道多いなって。多分、めっちゃ走りやすいんじゃないかなチャリラーにとって。 おまけに丹波市は日本一低い分水嶺が存在し、海抜100mもない。つまり、これは中山間地域でチャリを走るにあたって日本で最も空気が多い!酸素吸いまくれる!有酸素運動したがりのチャリラー向き!(※根拠は全くありません。予めご了承ください) おまけに、丹波市氷上町石生には、知る人ぞ知るパナレーサー株式会社(panaracer)が存在。 パナレーサーは昭和55年にあの世界の中野浩一選手がここのタイヤを使って世界選手権で優勝していたり、日本製タイヤとして初めてツール・ド・フランスに参戦したりしてる企業でございます。 パナレーサー株式会社 http://panaracer.co.jp/ なんか、丹波市のチャリ文化。これからどんどんヒートアップしてきそうな予感ですぜ!!
五月病にかかる暇すらなく怒涛の勢いで時間が過ぎ去り早6月。 時の流れの早さについていけません。あ、どうも井口です。久しぶりの更新に。 山南町南中にある“みんなの家カフェ~旧有田製材所店~”。 こちらで毎週木曜日と金曜日限定でお蕎麦屋さんがスタートしまっす。 その名も、 “そばのひ木琴” 丹波市市島町のお蕎麦屋さん、そばんちの二番弟子、サブちゃんこと安達三朗が店長さんでございます。 その日に出す蕎麦は当然朝一番の打ち立て。手打ち蕎麦の醍醐味ですな。 王道の二八蕎麦以外にもたまごかけそばめしやら鴨肉を使った温蕎麦、かもなベイビー等々。 多用なメニューが用意されております。コーヒーも石臼で引くんだとか? そばのひ木琴がやっている日は国道175号線沿いにのぼりが立っております。 やってない時はのぼり立ってません。やっている時だけのぼりが立っております。大事なことなので同じようなことをさも大事そうに二回言いました。 そばんちさんで蕎麦を食べて、蕎麦打ち教室に参加して蕎麦を打ってみて、にわかに蕎麦に関する興味がふつふつと湧いてきた頃、蕎麦が食べたくなってスーパーに買い物にでかけ、色んな蕎麦を手にとって原材料を見た時に、商品名は蕎麦ってなっているのに原材料名を見た時に小麦粉の方が多いものが多いという驚愕の事実に気づきました。 それ、ただの蕎麦入りのうどんやないか!! 蕎麦本来の持つ風味や香り、食感、味。手打ち蕎麦でしか味わえないですねやはり。 蕎麦が食べたくなったらそばのひ木琴へGo!! 以下、そばんちの佐藤さんからのメッセージでございます。 ↓↓↓ みんなの家カフェ「そばのひ」は4月から誕生し毎週金曜日に営業を始めました。 さて、準備も整いましたので6月からは「そばのひ木琴」として 営業いたします。 店長のサブちゃん、STマッキー、STえり、サポート諸々で運営する予定です。 当初2名での営業体制としますが、早期に3名体制まで生きたく思っています。 この店は みんなの家カフェで行うので、みんなで「そばのひ木琴」を育て、さらには自分もそのことにより育つというものです。欲張ってます。 もちろんお客様に満足していただける、また来たくなる店にしていくのを目標にしています。 ということで、お客様にも店つくりに参加していただくのももちろんのことです。 地域に愛されるそば屋 丹波を愛する人に愛されるそば屋 こよなくそばを愛する人に愛されるそば屋 そば打ちをする人を育てるそば屋 そば屋を育てるそば屋 奥丹波そば街道のそば屋 になるよう精一杯頑張ります。 お客様!お客様は神さまではありません。 お客様はお友達です。 大切なお友達です。 そのお友達におもてなしする そんなそば屋を目指します。 と、こんな具合いに6月から始まる「そばのひ木琴」をどうぞよろしくお願いいたします。 【そばのひ木琴】 丹波市山南町南中115-6 (みんなの家カフェ~旧有田製材所店~内) 毎週木曜日と金曜日営業 11:00~15:00

人気記事

お気に入り

まめつーSNS

508フォロワーフォロー
363フォロワーフォロー
19購読者購読